//担い手・事業承継
「後継者がいない」という言葉をほどく
「後継者がいない」という言葉は、産地の集まりでもよく聞かれます。ただ、同じ一言でも、指している状況は方によって違います。継ぐ方の心当たりがないのか。心当たりはあるけれど、いまの事業が渡せる状態にないのか。渡す先はあるけれど、渡す中身が決まっていないのか。混ざったままだと、次の一手も、相談する相手も選べません。まず、この言葉をほどくところから考えます。
同じ一言に、いくつもの状態が混ざっています
私たちが経営・事業診断で伺う課題のひとつに、「後継者や担い手の確保・育成」があります。この課題を挙げてくださる方は多いのですが、詳しく伺うと、置かれている状況はそれぞれ違います。
たとえば、ご家族にも従業員の方にも継ぐ意思のある方がいない、という状況があります。一方で、継ぐ意思のある方はいるけれど、いまの収支や借入の状態では踏み切れない、という状況もあります。さらに、継ぐ方も決まっていて事業も回っているのに、その先どこへ向かう事業なのかを言葉にできていない、という状況もあります。
この3つは、どれも「後継者がいない」と表現されることがあります。けれども、必要な手立てはまったく違います。言葉を分けないまま動くと、人を探す努力をしているのに事情が変わらない、ということが起こります。
| 実際に起きていること | その言い方 | 先に見るところ |
|---|---|---|
| 継ぐ意思のある方の心当たりがない | 人がいない | 継ぐ相手の範囲をどこまで広げて考えるか |
| 相手はいるが、事業が渡せる状態にない | 継がせられない | 収支の見通し、借入、工程の引き継ぎ |
| 相手も事業もあるが、行き先が決まっていない | 継いでもらう自信がない | 5年後・10年後にどうありたいか |
ご自身の場合がどれに近いかは、たいてい少し考えれば分かります。分かりにくいのは、2つ以上が同時に起きている場合です。その場合も、まとめて扱わず、どれから手をつけるかを決めることになります。課題どうしの順番の付け方については、何から手をつけるか分からないときの、順番の決め方で扱っています。
どれに当たるかで、次に見るところが変わります
継ぐ意思のある方の心当たりがない
この状況では、探す範囲をどこまで広げて考えるかが分かれ目になります。ご家族の中だけで考えるのか、長く働いてくださっている方まで含めるのか、外の事業者との組み合わせまで視野に入れるのか。範囲によって、話を持ちかける相手も、必要な準備の期間も変わります。
私たちは、後継者の確保と育成をお手伝いの範囲に含めています。第三者への承継についても、売手側と買手側のどちらか一方にだけ立つ形で関わります。両方の側から報酬をいただく形にすると、どちらのために働いているのかが曖昧になるためです。それぞれの進め方はガイド 第3章 担い手と事業承継で扱っています。
相手はいるが、事業が渡せる状態にない
継ぐ意思のある方がいるのに話が前に進まない場合、詰まっているのは人ではなく事業の側です。収支の見通しが立たない、借入の返済がいつまで続くのか共有されていない、特定の工程がおひとりの手に残ったままである。こうした状態のまま「継いでほしい」とお伝えしても、受ける側は判断のしようがありません。
何をどう確かめるかについては、担い手が減るということで、工程の側から整理しています。工程が欠けたときに何が止まるかを先に把握しておくと、引き継ぐ範囲を具体的に決められます。
相手も事業もあるが、行き先が決まっていない
意外に多いのがこの状況です。品物も取引先もあり、継ぐ方もいる。それでも「継いでくれと言い切れない」とおっしゃる。伺ってみると、渡すものが仕事の中身だけになっていて、この先どこへ向かう事業なのかが共有されていないことがあります。
私たちは診断の際に、5年後・10年後の姿を5つの型でお尋ねしています。現状を保つ、新しい顧客層に向けた商品をつくる、体験や教育の拠点になる、海外の市場へ出る、生産の体制を強くする。どれが正しいというものではなく、選んでいないことのほうが問題になります。詳しくは5年後・10年後の姿を決めるをご覧ください。
見落とされやすいのは、期限が置かれていないことです
承継の相談で最も多くお見受けするのは、話し合いそのものがされていないという状態ではありません。何度か話題には出ているけれど、いつまでに決めるかが置かれていないという状態です。
期限がないと、話は毎回同じところに戻ります。継ぐ側も、自分の生活の予定を組めません。そして、決めないまま時間が過ぎると、選べたはずの道が減っていきます。相手を育てる時間、記録を残す時間、取引先へお伝えする時間は、どれも後から取り戻せません。
ここで置く期限は、承継そのものの期日でなくてかまいません。「この秋までに、継ぐ意思があるかどうかだけを確かめる」といった、小さな区切りで足ります。決めるべきことを一度に決めようとするから動けなくなるのであって、確かめる順番に分ければ進みます。
まず、言葉を分けるところから
次の5つは、ご自身で書き出せるものです。答えが出ないものがあっても、それ自体が今の位置を示します。
- 「後継者がいない」と言うとき、3つのどれに近いか
- 継ぐ意思があるかどうかを、直接確かめたことがあるか
- 収支と借入の見通しを、渡す相手に説明できる形にしてあるか
- おひとりの手に残ったままの工程が、どれだけあるか
- いつまでに何を決めるか、区切りを置いてあるか
この5つが埋まると、相談する相手も選びやすくなります。数字と借入の話であれば、まず取引のある金融機関や、顧問の税理士の方が近い場所にいらっしゃいます。工程と人の話であれば、産地の中で相談できる方がいるかもしれません。どこに持ちかければよいか分からない部分が残ったときに、私たちのような外の者を使っていただくのが順序として自然だと考えています。
継ぐか、続け方を変えるか、たたむか。この判断そのものは、事業を営んでこられたご本人にしか決められません。私たちがお手伝いできるのは、判断に必要な材料を並べ、決めた道すじを最後まで一緒に歩くところまでです。経営・事業診断は、結果のご報告までは費用をいただいておりません。言葉をほどく段階から、ご一緒できればと考えています。